抜け落ちて虚ろな胸が濡れてゐる 明日は晴れます夕焼け小焼け
2009年11月11日
092:夕焼け (寺田ゆたか)
抜け落ちて虚ろな胸が濡れてゐる 明日は晴れます夕焼け小焼け
091:冬 (寺田ゆたか)
冬過ぎて日ごと日永になりゆくに汝が命のみなど短きや
090:長 (寺田ゆたか)
わが余命さほど長くはあらざれど亡妻(つま)の生命も受け継ぎゆかむ
089:テスト (寺田ゆたか)
臥処(ふしど)より家事ひとつづつ教へしは独り身となる我へのテストか
088:編 (寺田ゆたか)
伸びし髪を三つ編みにして微笑みぬ病みても妹(いも)は少女のやうに
087:気分 (寺田ゆたか)
汝が魂は冷たき大気分け昇り昴の星のひとつとなるや
086:符 (寺田ゆたか)
通行符持たねばここを渡さじと渡し守言へよ三途の川の
085:クリスマス(寺田ゆたか)
手をとりてクリスマス市歩みゆき熱きワインに頬染めし夜
084:河 (寺田ゆたか)
「何でやねん!」と河内なまりで叫びたり汝の呼吸(いき)絶ゆる明け方の四時
083:憂鬱 (寺田ゆたか)
憂鬱の字は似合はざり ユーウツと明るく云ひて笑む人なりき
082:源 (寺田ゆたか)
死の病その源はいづくぞと詮索するも甲斐もなきこと
081:早 (寺田ゆたか)
後のことみな細々(こまごま)と書く妻にまだ早いとは口に出せざり
080:午後 (寺田ゆたか)
独り居の部屋に射し入る秋の陽を諸手に受けて黙しゐる午後
079:恥 (寺田ゆたか)
他人(ひと)が見れば嗤ふだらうよ恥知らず泣き歌ばかり詠ふ男を
078:アンコール(寺田ゆたか)
幾たびも目をぬぐひつつ「アンコール」と叫べど幕は再び開かず
077:屑 (寺田ゆたか)
はららきて屑となり果つ白骨(しらほね)の軽きを拾ふ手の鈍さかな
076:住 (寺田ゆたか)
骨壷に入りて吾妹はすましゐる さほどに壷は住みよきものか
075:おまけ (寺田ゆたか)
キャラメルのおまけの鬮さへ吉なるに何ゆゑ汝(なれ)は大凶を引く
074:肩 (寺田ゆたか)
妻の背を流しつつ憶ふ右肩の小さき黒子(ほくろ)に口づけしこと
073:マスク (寺田ゆたか)
わがためのマスクにあらじ病篤き妻に風邪をばうつさじとして
072:瀬戸 (寺田ゆたか)
手拍子を打ちつつ共に歌ひたる「瀬戸の花嫁」口ずさむ 独り
071:痩 (寺田ゆたか)
我もまた吾妹と共に痩せてゆく共に逝くにはあらざるものを
070:CD (寺田ゆたか)
レクイエムのCDばかりを取り出(いだ)し続けて聴けり夜の明くるまで
069:隅 (寺田ゆたか)
庭隅にブライダルヴェール蔓延りぬ妻亡きあとの金婚の年
068:秋刀魚 (寺田ゆたか)
秋刀魚食みて独り涙せし詩人ありわれはお汁粉食みて涙す
067:フルート (寺田ゆたか)
シチリアーナ肩寄せ聞きし夜もありき冷たき秋の銀のフルート
066:角 (寺田ゆたか)
その角を曲がればわが家 庭の花世話するひとを幻に見る
065:選挙 (寺田ゆたか)
総選挙野党の勝ちと報告す写真の妻はただ笑みてをり
064:宮 (寺田ゆたか)
八幡宮の破魔矢を持ちて帰り来し子のやさしさも間に合はず今は