車椅子に移らむとしてゆらり立ちふらり崩れぬ力なき妻
2009年11月10日
063:ゆらり (寺田ゆたか)
車椅子に移らむとしてゆらり立ちふらり崩れぬ力なき妻
062:坂 (寺田ゆたか)
北に向かひ坂を登りてたどりつく小暗き家に待つ人はなし
061:ピンク (寺田ゆたか)
骨壺にピンクの布をかけてやる妻の好みし彩(いろ)にありせば
60:引退 (寺田ゆたか)
現世(うつしよ)を引退するはまだ早し世の行く末を観てぞ去りゆけ
059:済 (寺田ゆたか)
これでまう親しき人へのお別れはみな済んだねと妻は指折る
058:魔法 (寺田ゆたか)
エイヤアと気合かくれば癌失せぬ かかる魔法を夢に見て醒む
057:縁 (寺田ゆたか)
曾根崎のお初の恋の散るわたりわれらの縁は結ばれしかな
056:アドレス
病状を告げやる姉のアドレスを書き留むる字も乱れてきたり
055:式 (寺田ゆたか)
金婚の式をあげむと待ちゐしに弔ひの式先にきたれり
054:首 (寺田ゆたか)
汝が白き首にかけたる南海の珊瑚の珠よ今も目に見ゆ
053:妊娠 (寺田ゆたか)
二人の子妊娠(みごも)りたりしその腹につひには癌の宿るかなしさ
052:縄 (寺田ゆたか)
糾へる縄のごとくに寄り添ひし四十九年のときの短さ
051:言い訳(寺田ゆたか)
言ひ訳くることもなくして閉づる目に泪浮かべり真夜の病床
050:災 (寺田ゆたか)
災害に遺体も失せし老ありき子に看取らるる妻の幸せ
049:ソムリエ(寺田ゆたか)
年を経し重きワインの価値判かぬ偽ソムリエでありしわれかな