2009年11月05日
030:牛 (寺田ゆたか)
半身を起こして冷たき牛乳をストローで吸ふ小さく噎せつつ
029:くしゃくしゃ(寺田ゆたか)
髪伸びてくしゃくしゃだよと言ふ妻の半ば白きを指で梳きやる
028:透明 (寺田ゆたか)
まだきみは成仏なんかしてゐないぼくには見える透明の人
027:既 (寺田ゆたか)
夕暮れは既視感(デジャビュ)を連れてやつてくる初めてキスをした日のやうに
026:コンビニ (寺田ゆたか)
コンビニでやつと見つけたかき氷やはり甘いと病む妻はいふ
025:氷 (寺田ゆたか)
甘くないかき氷少し欲しといふ ただ一口の楽しみなるに
024:天ぷら (寺田ゆたか)
かき揚げの天ぷら一つ分け食みし昔のことも思ひ出さるる
023:シャツ (寺田ゆたか)
南国の旅に求めしペアのシャツ今着るひとはわれ一人のみ
022:職 (寺田ゆたか)
転職を打ち明けた夜の不安顔 転世のきみに微塵も見えず
021:くちばし(寺田ゆたか)
雨の園にくちばし赤き鳥を見し異国(とつくに)の旅 あれは六月
020:貧 (寺田ゆたか)
まだ若く貧しい夫婦であつたよねピアノを欲しいと願ひし頃は
019:ノート (寺田ゆたか)
亡妻(つま)の残せるノートの終り羽田発バスの時刻が書いてあるのみ
018:格差 (寺田ゆたか)
病室に格差はありぬ個室との差額払へず大部屋に居る
017:解 (寺田ゆたか)
病名も解らず無為に時を経ぬ 気づきの遅き我を責めゐる
016:Uターン (寺田ゆたか)
六文銭持たずに逝きし旅なればUターンせよ川の岸より
015:型 (寺田ゆたか)
型通りの言葉連ねる葬儀屋のべたりの敬語耳にまつはる
014:煮 (寺田ゆたか)
やはらかに煮えし子芋をゆつくりと食みしその口すでに動かず
013:カタカナ (寺田ゆたか)
カタカナの長い名前の痛み止め朝夕飲めど甲斐もなかりき
012:達 (寺田ゆたか)
「達者でね」と別れた友は暮れに逝き 年明けてわが妻も去りゆく